僕が「彼」に出会ったのは、ほんの些細なきっかけからだった。
友人……と言うわけではない。
何しろ、僕は「彼」の名前も年齢すら、なにも知らないのだから。
「彼」はいつも白衣に身を包み、革の手袋とブーツを履いていた。
出会ってから暫くの間、僕は「彼」からの電話に呼び出され、指定された場所で会うのが普通だった。
ある時は人気の無い公園、ある時は、廃業した植物園……。
そこで話す内容も、宇宙論だったり、取り留めの無い人生観だったりした。
そんなある日のことだった。
「彼」は僕に、とっておきのコレクションを見せてくれると言いだした。
「今まで誰にも見せた事はないんだ」そう、いつも見せる奇妙な、引き攣れたような笑顔で、彼が言った。
彼に連れられて向かった先は、奇妙な噂の絶えない、廃病院だった。
彼はまるで自分の家のような気安さで中に入り、僕を誘った。
そこには、大きな試験管のような、ガラス製のチューブが5本。
淡く光る液体に満たされた容器の中には、裸の女性が浮かんでいた。
容姿も、そして、年齢も様々な5人の女性。
それらが、青白く、不気味に光っている。
「彼」は目線を上げてチューブの中を眺め、そして満足そうに微笑んだ。
「これは、夢なんだ」唇の端を吊り上げ、可笑しくて堪らない、と言った顔で「彼」はそう言った。
「ゆ………夢?」僕は聞き返す。
そんな反応すら可笑しいのか、彼はクスクス笑いながら言った。
「今日は、君に………僕のコレクションの中でも、とっておきの「夢」を見てもらおうと思ってね」彼はそう言うと、唇の端を持ち上げて笑う。
「大丈夫………きっと、楽しんでもらえるから」彼の言葉が、どこか遠い。
「僕」が体験する奇妙な「夢」。
誘われるままに「夢」を見る僕の前に現れる奇妙な「女」。
収集される「夢」は、やがて僕を、僕の現実と夢の境界を曖昧にしていく。
今見ているものは夢なのか、現実なのか。
そして、もし夢だとして、一体誰の夢なのか。
混迷する物語の果てに「僕」が見るものとは……。