大正六年、春。
第一次大戦による未曾有の好景気に沸く世間。
紡績業を営む櫻沢智哉(さくらざわともや)氏が自身の屋敷で謎の死を遂げた。
当主を継ぐべき長男の智和(ともかず)は十歳とまだ若く、経営の指揮は無理な為、その後見人として長女の美智葉(みちよ)の婚約者、白石が屋敷の主として赴く。
小高い丘の上に在り、辺りに植えられた櫻が春先に屋敷を包み込むように見える事から通称『櫻御殿』と呼ばれている櫻沢家に何かしら不穏な空気を感じ取る白石。
屋敷には智哉氏の娘、美智葉、智佐登(ちさと)、双子の智香(ともか)と智美(ともみ)、そして息子の智和が数人の使用人、執事と共に住んでいる。
智哉氏の死に方は奇怪であった。
屋敷の前にある大きな櫻の樹に首を切断された上で身体を逆さまに括りつけられていたのである。
爛漫と散る櫻の下で物語は静かに動き出す……。